中村まりさんの歌はブルースだ。こんなことを書くと、何を今さらと言われてしまいそうだが、ぼくの言っているのは狭義のブルース、すなわち12小節の決まりきった形式で、不平をもらしたり、不遇な身の上を嘆いたりすることの多い、あのブルースではない。ぼくが言っているのは、もっと広い意味でのブルースで、もちろん決まりきった形式などないし、歌の内容も悲観や愚痴ばかりでなく、生きていく中でのさまざまな発見、閃き、洞察、哲学が歌われていたりする。中村まりさんの歌は、まさにぼくが考えるブルースそのものなのだ。
2002年の完全自主制作アルバムも含めると、三枚目の作品集となる『Beneath The Buttermilk Sky』で、中村まりさんはこれまでこつこつと築き上げて来た彼女だけの独自の世界を、より研ぎ澄まし、より豊かで奥深いものにしている。ブルースを初めとして、オールド・タイム・ミュージック、ブルーグラス、カントリーなどアメリカのルーツ・ミュージックを正しく学び、吸収しながら、それらを完全に自らのものとして血肉化し、その音楽にのせて、生きていく中で彼女が気づいたり、見つけたり、考えたりしたことを美しい言葉で歌っている。歌詞には、紛れもなく中村まりさんの哲学のようなものが込められているし、それこそ箴言と言いたくなるような素晴らしいフレーズがちりばめられたりしている。
 たとえばそれは、今目の前に見えていることだけが真実ではないということだったり、ブルースの重みを量る量りは決して見つからないということだったり、しあわせは思いもつかないところから突然飛び込んで来たりするということだったりする。あるいは、悲しみの中でも優しさと微笑みを忘れないということだったり、ちょっとした誤解に気づくことだったり、何を自分の地図として生きていくのかということだったり、終わったと思った場所がまた新たな始まりの場所だということだったり、時には自分が信じていないことにも向き合わなければならないということだったりする。
 中村まりさんは、すべての自作曲を英語で作り、歌うことにこだわっているが、それは英語で歌った方がかっこいい、英語で歌った方が雰囲気が出るなどと考えている、一部の日本人のミュージシャンたちとはまったく違う理由によるものだとぼくは思う。彼女の歌詞は、すべて初めに言いたいことありき、伝えたいことありきで、恐らく英語で歌う方が、自分の思いをより正確に、より正直に伝えられるのだろう。何語で書かれ、歌われようと、歌に込められた彼女のメッセージはまったく変わることがないとぼくは思う。
 まさに広い意味でのブルースを歌い続けたアメリカの有名な詩人、ラングストン・ヒューズのとてもよく知られている作品に、 「Advice」というたった五行の短い詩がある。

 なあ、みんな、言っとくがな
 生まれるって大変なことだし
 死ぬっていやなことだ
 だからその間で見つけるんだ
 愛するってことを

 中村まりさんの歌を聴いていて、ぼくはラングストン・ヒューズのこの詩のことを思い出した。そう、彼女の歌は、そこで歌われていることは、一言で言えば、誕生と死の間で、すなわち人生の中で、愛を見つけること、愛と出会うこと、その大切さだということに尽きると思う。さまざまな愛がある。男女の愛もあれば、親や子への愛もあるし、自然への愛もあれば、ふるさとへの愛もある。そのどれもが利己的ではない、他者への思いやりに満ちた愛で、ぼくはそ れこそが中村まりさんのブルースなのだと思う。

中川五郎


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